日本には、温泉の資源を守り温泉の利用適性を図るために設けられた、「温泉法」という法律があります。戦後間もなく作られた温泉法では、妊婦の入浴は「禁忌」とされていたため、妊婦は温泉に入らないものとされてきました。
しかし、なぜ禁忌とされたのか、細かな検討は行われておらず、長い間改正されないままでした。
その後、2014年に温泉法が改正された際、妊婦は禁忌症から除外されました。その細かい経緯について解説します。
「禁忌症」とは、一回の入浴又は飲用でも体に悪い影響を及ぼす可能性のある病気や病態のことを言います。2014年の温泉法改正までは、特に妊娠初期、後期に禁忌症の懸念があるため「妊婦は温泉に入らない方が良い」という考えでした。
しかし、温泉で有名な大分県別府市では、産まれてすぐの沐浴から温泉を使っていることから、別府市の産科医が温泉が妊婦に良くないという根拠は無いのではないか、と訴え検証を求めました。
結果、医学的知見から根拠のないものとして2014年に妊婦が禁忌症から除外されました。
妊娠中の母体には、ホルモンバランスの乱れや、お腹が大きくなることで生じるマイナートラブルが多々あります。そのような時に、温泉に入浴することで妊娠中のつらい症状を緩和できる場合があります。
ここからは、妊婦への温泉入浴で得られる効果についてご紹介しますので、参考にしてください。
妊娠中に関わらず、冷えは大敵です。その冷え症の対策として、温泉は効果的だと言われています。温泉に入ることで血流が良くなり、体の芯まで温まるので手足までポカポカになります。
温泉では、広々としたスペースでゆったりと手足を伸ばしてリラックスできますので、心身ともにほぐれていく気分が味わえるでしょう。
妊娠中は、ホルモンバランスの乱れや頻尿などのマイナートラブルで不眠になりやすい傾向があります。
温かいお湯に浸かることで身体を芯から温められて緊張がほぐれることによるリラックス効果で、不眠症の改善につながります。温泉に入浴して少しでも不眠を改善し、安眠を手に入れましょう。
温泉の中でも、効能成分が薄い「単純温泉」は刺激が少なく、自律神経が不安定な人や不眠症にも効果があるとされており、赤ちゃんからお年寄りまで入浴できる安心できるのでおすすめです。
妊娠中は、大きなお腹を支えるために重心がいつもより前に移動し、腰を反らして生活するようになります。そのため腰痛を起こす妊婦さんも少なくありません。
温泉は血行を良くして新陳代謝を高める効果があるため、筋肉がほぐれてリラックス効果が得られます。広々とした温泉で手足を伸ばして腰回りの筋肉をほぐし、痛みを軽減させましょう。
温泉の自然な流れの水圧で、優しくマッサージされているかのような感覚にもなれるのでおすすめです。
肩こりも腰痛と同様、温泉で血行を良くして新陳代謝を高めましょう。身体を芯から温めることで筋肉を緩めてリラックスすることが出来ます。
ただし、熱すぎるお湯は血圧が上昇し、逆に身体に負担がかかるため、40℃前後のお湯が望ましいです。37℃から40℃程度のお湯であれば、副交感神経にも働きかけ心身ともにリラックスできます。
妊婦は色々と生活に制限があるため、ストレスが溜まったり、マタニティーブルーになったりすることも少なくありません。そんな時は温泉旅行に出かけて、日々のストレスから開放されるのもおすすめです。
自然に囲まれた露天風呂など、自分の好みにあったシチュエーションで、ゆっくりお湯に浸かって身体を芯から温めましょう。深いリラックス効果が出てリフレッシュも出来るでしょう。
温泉に健康に作用する効能や効果があることはご存知の方も多いでしょう。たとえば、高血圧や肌荒れに良かったりなど、泉質により様々な効能があります。
妊婦さんには「妊娠高血圧症候群」という、妊娠中にかかりやすい疾患があり、温泉にはそういった症状を防ぐ効果があると考えられています。
二酸化炭素泉や硫酸塩泉は血圧上昇を防ぐ効果があるので、事前に温泉の効能を調べて旅行先を決めるのも良いでしょう。
温泉への入浴では、皮膚から温泉の良い成分を吸い込む薬理作用で効果・効能が得られます。
特に妊婦さんは、ホルモンバランスの乱れから肌荒れを起こしがちですが、数ある温泉の中には、肌荒れなどに効く「美人の湯」と呼ばれる温泉もあります。
温泉には、硫黄泉や塩化物泉、炭酸泉など様々な泉質があります。その泉質により効能・効果は様々ですが、ここでは妊婦さんにおすすめの泉質の温泉をピックアップしました。
全国の温泉から3つ厳選してご紹介しますので、ぜひ参考にして下さい。
「二酸化炭素泉(炭酸泉)」は、炭酸でシュワシュワした、電気風呂のような感覚の温泉です。
一般的に、炭酸泉は温度が高すぎると炭酸が抜けてしまうため、ぬるめの温度になっています。そのため、妊婦さんの血圧を上げることなく、リラックスして入浴できるため自律神経の安定にもつながります。
さらに、二酸化炭素を含む泉質なので、身体が酸素を取り込もうと反応し、血行が良くなります。冷え性の改善にもなり、保湿効果も期待できるのでおすすめです。
二酸化酸素泉は、東北青森の「みちのく温泉」、秋田の「玉川温泉」、九州大分の「長湯温泉」、関西兵庫の「有馬温泉」などで楽しめます。
「単純温泉」とは、環境省が定める規定に満たない温泉のことを言います。
これだけ聞けば、あまり効果のない温泉だと思われがちですが、「成分が優しい低刺激な温泉」ということであり、温泉の成分はきちんと含まれています。
そのため、肌が弱い方や妊婦さん、赤ちゃんまで入浴でき、さらには美肌効果があると言われています。
単純温泉には、自律神経失調症や不眠症などの心の不調にも効能があるので、妊娠中の不安やイライラを抱えている人にもおすすめです。
単純泉は全国の40%を占める温泉なのでどこでも楽しめます。
北海道では「カルルス」、関東では神奈川「箱根湯本」、中部地方では長野の「白馬八方温泉」、岐阜の「下呂温泉」、北陸では富山の「宇奈月温泉」、九州大分では「湯布院」、そして長崎では「平戸」など、たくさんの地域にあるので気軽に行けるところポイントです。
「硫酸塩泉」とは硫酸を多く含む温泉で、旧分類の泉質では次の3種類に分けられていました。
「硫酸塩泉」は、ナトリウム硫酸塩泉、カルシウム硫酸塩泉、マグネシウム硫酸塩泉の3つに分けられていて、高血圧症やニキビ、湿疹などに効果があります。また、血液に酸素を送り込む作用があるため血行が良くなり、冷え性やうつ病にも効果的です。
硫酸塩泉の代表的な温泉には、北海道の「登別温泉」、新潟県の「赤倉温泉」、群馬県の「四万温泉」・「伊香保温泉」、「草津温泉」があります。
次に、温泉への入浴の仕方や準備7つを紹介しますので、入浴の際に気を付けるべきことなど興味がある方は参考にしてください。
温泉は日頃の疲れを癒してくれるとっておきのスポットなので、正しく楽しんで、効能・効果を実感しましょう。
長風呂をすると、のぼせて足元がフラついたりしますので注意しましょう。
1回の入浴は10分以内にし、たくさん入りたい場合は、短い時間で休憩を挟みながら入浴するのがおすすめです。
妊娠中は免疫力が低くなっていますので、温泉の共同浴場を使うと細菌に感染するリスクがあります。そのため、部屋風呂での入浴をおすすめします。
座椅子、バスマット、バスタオルなどは不特定多数の人が共同で使うため、免疫力が低くなっている妊婦は気を付ける必要があります。
特に、妊娠後期にヘルペスやコロナウィルス等に感染すると、胎児に影響が出るなどの危険性があるので注意しましょう。
妊娠中は羊水をつくるためにも、普段から十分な水分補給が必要です。さらに妊婦は、妊娠していない時よりも約1.4倍もの血液量になることや、お産時の出血から母体を守るため、自然に血液凝固作用が高まっています。
長時間の入浴で発汗して身体が脱水状態になってしまうと、血液が固まりやすくなるので、入浴中でもこまめな水分補給を心がけましょう。
たとえ妊娠中期に入り体調が安定したとしても、何があるか分からないのが妊婦さんの身体です。長時間の車や電車移動が刺激になり、お腹が張りを感じることもあります。
出血や腹痛などのトラブルも考えて、温泉施設までの距離は2時間程度にしておくと良いでしょう。かかりつけ医が近ければ、何かトラブルがあった時でも安心でしょう。
繰り返しお伝えしていますが、妊婦さんの身体はいつ何時、何が起きてもおかしくない状態です。
万が一何かあっても、健康保険証があれば日本全国どの病院でも診察を受けられますので、必ず持ち歩きましょう。旅先の受診の際、保険証がないと一時的に全額負担になり、多額の請求になる場合もあります。
保険証と合わせて母子手帳も持参しておけば、受診した病院側でも母子の経過が見られるので、2つセットで持ち歩くようにしましょう。
温泉地では病院が遠かったり、近くに産婦人科がなかったりする場合があります。万が一のため、あらかじめ宿泊施設の近くの病院や産婦人科の医療施設があるか調べておくと安心です。
多くの場合、旅先に行ったから体調を崩したのではなく、元々体調が優れなかったり、合併症がたまたま旅行先で発症してしまったりというケースです。
旅行に行く時にはしっかりと自分自身の体調と相談しましょう。なお、妊娠中の旅行は、妊娠中期の安定期に入った5ヶ月から7ヶ月頃がベターとされています。
近年、妊娠中に夫婦だけで旅行をする「マタ旅」が人気になっています。
温泉宿などでもマタニティプランを用意するなど、妊婦にとって安心安全なプランが組まれている施設も多く利用する人も増えていますが旅行中に体調を崩す人は、やはり少なくありません。
事前にかかりつけ医に旅行に行くことを伝え、移動手段や旅行行程の助言をもらいましょう。早産や流産を防ぐためにも、自身の体調と医師に相談しながら、慎重に旅のプランを立てることが必要です。
また、予約時には宿に妊婦であることを必ず伝えましょう。伝えていないと万が一のことを心配して断られるケースもあります。
妊娠中に温泉に入ることは問題ありませんが、いくつか気を付けたい点があります。
万が一のためにあらかじめ対策を練っておくと旅行中も安心して楽しむことができるでしょう。どうしても心配なであれば、足湯で日帰りというプランでもゆっくりと楽しめます。
ここからは、しっかりと宿泊したい方向けに注意点を8個紹介します。
温泉に入ることは問題ないとされていますが、温泉に入るのは、なるべく体調が安定する妊娠中期にしましょう。とくに妊娠初期は、つわりや出血といったトラブルが起きやすいので、避けた方が無難でしょう。
「酸性泉」など、泉質によっては刺激になる場合もあるので、環境の変化に敏感な妊娠初期は避け、胎盤が完成する15週以降に旅行の計画を立てましょう。
妊娠中は急な体調変化も珍しくありません。
足元がフラついたり、めまいがした時に支えがあるように家族や友人などと一緒に入浴をしましょう。
それでも1人で入るような時は、朝風呂や深夜などの人がいな時間は避けて、なるべく人がいる時間に入浴すると、何かあったときでも安心です。
妊娠後期は、動悸や息切れ、胃もたれなどのマイナートラブルが出てくる時期です。出産が近くにつれ破水や早産の可能性が出てくるので、体調が優れないときは部屋でゆっくり過ごしましょう。
妊娠中お腹が大きくなっている状態で温泉に入ると、バランスが取りにくく、転倒の恐れがあります。また、鉄分が不足している妊婦は立ちくらみが起こりやすいので気を付けましょう。
中でも、ヌルヌルした質感のアルカリ性泉や、お湯が濁っている硫酸泉は足元が見えにくく、安定しづらいので、十分に気を付けて入浴しましょう。
お湯の温度は必ず確認してから入りましょう。熱すぎるお湯は血圧が上昇しやすいので注意が必要です。
また、30℃以下のお湯で長湯をしてしまうと血管が広がり、血圧が下がってめまいや貧血を起こしやすくなります。妊娠中は血液量が普段よりも多いため、のぼせやすい状態であることを忘れないようにしましょう。
37℃から41℃のお湯で、10分程度の入浴が望ましいです。入浴前後には水分補給をしっかりすることも大切です。
妊娠中のサウナ、岩盤浴、水風呂は、血圧の急変動があるので身体に負担がかかります。
たとえ暑い日や真夏であっても、冷たいシャワーや水風呂は控えましょう。あまりの低温、高温は刺激が強いので避けた方が良いでしょう。
妊婦にとって冷えは大敵です。
身体が冷えると、お腹の張りや足のむくみ、体のだるさを引き起こす原因になってしまいます。お風呂上がりには上着を羽織ったり、腹巻きをして冷えないようにすることが大事です。
なお、マタニティプランで予約をしていれば、宿にマタニティ用のパジャマが用意されていたりしますが、普通プランでのホテルや旅館の宿泊であればマタニティパジャマを持参すると安心です。
温泉のある宿泊施設では、食事に温泉卵が提供されることが多くあります。
妊娠中は免疫力が低下しているため、食中毒にかかりやすい状態です。卵で心配なのはサルモネラ菌で、感染すると高熱や下痢、腹痛、嘔吐が3〜4日続きます。
サルモネラ菌は65℃以上で20分加熱すると死滅し、70℃以上では生存できません。
温泉卵は70℃以上で30分程度加熱するものが多いので、サルモネラ菌は死滅していると考えられますが、念のため新鮮なうちに食べるようにしましょう。
食事直後の満腹な状態で温泉に入ると消化不良になるので注意しましょう。逆に、空腹過ぎても貧血になりやすいので、ゼリーなどの消化の良いものを食べてから入浴すると良いでしょう。
温泉の風景を楽しむ雪景色の露天風呂などは魅力的ですが、寒暖差が激しく急な体感温度の変化があるので、妊婦さんにはおすすめできません。
ここまで見て来たように、妊娠中でも温泉を楽しむことは問題ありません。しかしながら、やはり妊娠していない時よりも、注意が必要な点は多くなります。
過度に敏感になるのも考えものですが、事前にリスクを知っておけばそれに備えておくことができるので安心です。
自分の体調とよく相談し、お腹の中の赤ちゃんと無理のない旅行を楽しみましょう。